母・山村美紗さんの影響もあり、若い頃から芸能界に縁があった山村紅葉さん。
そんな紅葉さんは大学卒業後に一度女優を辞め、国税局の職員に。
そして国税局の職員だったときにご主人と知り合い、結婚しました。
今回は紅葉さんと結婚したご主人との馴れ初めや、結婚の時期、
紅葉さんが結婚後に再び女優になったいきさつを深掘りしてお伝えします。
最後までお読みいただけるとうれしいです。
山村紅葉と夫との馴れ初めは?
山村紅葉 (やまむら もみじ) さんの夫は元財務省官僚の吉川元康さん。
紅葉さんは早稲田大学在学中に俳優として活動していましたが
プロとして俳優を続ける厳しさを知っていたために俳優の道を断念。
紅葉さんは、難関といわれる国税庁国税専門官の採用試験に合格し、
大学卒業後は大阪国税局で勤務していました。
その大阪国税局に大蔵省 (現:財務省) から吉川さんが紅葉さんの上司として出向。
紅葉さんと吉川さんがともに仕事をしたのは3日だけでしたが
吉川さんが大蔵省に戻ってから、紅葉さんに「お話」があったといいます。
3日間という短い時間で、恋が生まれるなんて! まるで小説のようです。
国税局での紅葉さんは
女性採用5期目で、映画『マルサの女』公開前のことでした。服の中にお金を隠す女性がいたら、女性にしか調べられないし、祖母も母も着物が好きだったので着物の価格がわかる私にしかできない仕事もあって面白かったですね(https://be-story.jp より)
と語るなど「マルサの女」としての仕事にもやりがいを感じていました。
国税局は税金を取りあつかうお役所ですから、とにかくカタ~い印象がありますが
そんな中で「面白かった」と仕事に打ち込んでいた紅葉さん。
きっと紅葉さんの優秀な仕事ぶりが、のちに夫となる吉川さんの心をとらえたのでしょう。
そして紅葉さんと吉川さんは結婚することになりました。
つづいて、紅葉さんと吉川さんの結婚についてお伝えします。
山村紅葉と夫の結婚はいつ?
山村紅葉さんと夫・吉川さんは1987年に結婚しました。
そのころの紅葉さんは国税局職員としてのキャリアをスタートして2年目。
当時は男女雇用均等法ができる前で、国税局職員のように男女が同じように働ける職場はやりがいがあったと思われます。
紅葉さんは結婚後も仕事を続けるつもりでしたが、夫・吉川さんに
朝、味噌汁の香りで目覚め、夜は『今日の晩ごはんは何かな』と思いながら帰宅できるような温かい家庭が夢だった
(https://www.shiruporuto.jp より)
という望みがあったたために、退職することに。
紅葉さんの夫・吉川さんは、子供のときにお父さんを亡くされ、
お母さんが働いていたため「温かい家庭」を夢みていました。
せっかくのキャリアを、と残念な気もしますが、紅葉さんの退職には
ご主人への愛情の強さと思い切りのよさが感じられますね。
その後、紅葉さんの主婦としての生活がはじまります。
つづけて結婚後の紅葉さんについてお伝えします。
山村紅葉は夫との結婚後に再び女優に!
山村紅葉さんは、結婚してから主婦としてご主人を全面サポートする予定でした。
しかし、知り合いの女優さんに頼まれたのがきっかけで、
紅葉さんはふたたび俳優として活動することになります。
その後も出演依頼を断れずに女優の仕事を続けることになった紅葉さん。
紅葉さんの演技力が評価されていただけでなく、ご自身が思うより役者の仕事が合っていたとも思えます。
結婚後、主婦と女優の二刀流となった紅葉さんですが、『赤い霊柩車』シリーズなどの多くの作品に出演。

(画像引用元:https://www.bsfuji.tv)
そんな中、紅葉さんが34歳だった1994年夏に、夫・吉川さんがニューヨークに転勤になり紅葉さんも同行します。
ただ、翌年のお正月に舞台出演が決まっていた紅葉さんは、パーティーの多い年末年始にご主人より一足早く帰国する必要がありました。
ご主人も大切だし、舞台を降板するわけにもいかないし…と悩んだ紅葉さん。
年末年始の2ヶ月間、夫をほったらかしにしても『紅葉とは別れたくない』と思ってもらえるように、できる限りいい妻をやることにしました
(https://futabasha-change.com より)
と、ホームパーティやご主人のお母さんの渡米時に精一杯のおもてなしをすることに。
その結果、最初は紅葉さんの帰国に反対していたご主人が、紅葉さんを応援してくれるようになります。
紅葉さんの作戦勝ちとも言えそうですが、やはりご主人も役者としての紅葉さんの輝きを止めたくなかったのかもしれません。
紅葉さんは、ご主人の理解が得られたことで本格的に女優を続けることを決心。
ご主人の応援はなによりも紅葉さんの力になったことでしょう。
紅葉さんと夫・吉川さんに子供さんはいないとされていますが、お互いのキャリアを支え合ってきたおふたりが強い絆で結ばれているのはたしかですね。
つづいて紅葉さんのwikiプロフィールをご紹介します。
山村紅葉のwikiプロフィールは?
山村紅葉さんのwikiプロフィールはこちらです。
本名 吉川紅葉
生年月日 1960年10月27日
出身地 京都府
身長 156 cm
血液型 A型
出身大学 早稲田大学 政治経済学部
事務所 東宝芸能
山村紅葉さんは、京都生まれの京都育ち。
紅葉さんが大学在学中に京都の実家に帰省していたとき
母・美紗さんのもとを訪れていたプロデューサーに声をかけられました。
紅葉さんはそれがきっかけで、俳優としてデビューします。
ちなみに、紅葉さんがはじめて演じたのは「ドレス姿のまま焼き殺される花嫁」の役!
デビューにしてはかなり衝撃的な役です。
それでも大学卒業まで20本ほどのドラマに出演した紅葉さんには、演じることに対する興味もあったのでしょう。
紅葉さんは大学卒業後に俳優を辞めて、国税局職員になったのちに結婚退職。
そして結婚してから再び女優をはじめた紅葉さんの人生は、なんともドラマチックです。
そんな紅葉さんですが、36歳だった1996年に母・山村美紗さんが他界されています。
美紗さんの死因は過労で、まだ65歳でした。

(画像引用元:https://www.kyoto-np.co.jp)
紅葉さんの母・美紗さんは亡くなる前、
紅葉は私のコネだけで仕事を続けているから、いっぱい書いておかないと女優が続けられなくなる
(https://be-story.jp より)
と編集者に話していて、それを聞いた紅葉さんは女優として生きる決意をさらに強くしたようです。
2016年の時点ですでに500本以上のドラマに出演していた紅葉さん。
多いときは7本のドラマを掛けもちしていたぐらいですので売れっ子ぶりがわかりますが、母・美紗さんへの思いをずっと胸に抱えていたのかもしれませんね。
紅葉さんは、2025年に念願だった大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』に初出演。
そして2026年6月に、紅葉さんは『祇園の秘密 血のすり替え』で小説家デビューも果たしています。
『今からでも遅くない』を合言葉に、女優としてもまだまだ挑戦を続けたいですし、それ以外のことにもどんどんチャレンジしていきたいですね
(https://futabasha-change.com より)
と語る紅葉さん。
2026年で66歳になる紅葉さんですが、「今からでも遅くない」ということばは
とくに年齢を重ねた方たちを勇気づけてくれそうです。
これからの紅葉さんのご活躍にも注目です!
私たちを驚かせるような新しいチャレンジをされるかも?
紅葉さんには夫・吉川さんとこれからもお幸せに過ごしていただきたいですね。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

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